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札幌高等裁判所 昭和50年(行コ)9号 判決

一審原告 福士文治

一審被告 室蘭税務署長

訴訟代理人 小林正明 林茂保

主文

第一審被告の控訴に基づき原判決中第一審被告敗訴部分を取消す。

第一審原告の右請求を棄却する。

第一審原告の本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  請求原因第1ないし第3項の事実(第一審原告の昭和四三年度及び昭和四四年度の各所得税確定申告の内容、第一審被告が昭和四五年一二月二六日付でなした右両年度の各所得税についての各更正及び過少申告加算税賦課決定並びに各延滞税納付通知とその内容、右各処分に対する第一審原告の行政上の不服申立とその結果)は当事者間に争いがない。

二  第一審原告が昭和三二年一二月一日から昭和四五年六月一三日までの間札幌地方裁判所室蘭支部執行官(吏)として稼動し、毎年その職務の遂行により手数料及び費用を得ているほか恩給の支給を受けていたものであることは当事者間に争いがなく、第一審原告が昭和四三年度及び昭和四四年度はいずれも訴外川上茂及び永田繁雄とともに右支部に所属して執行官としての職務を行つており、右三名は、その各収入金額及び各必要経費を合算し、右合計収入金額から合計必要経費を控除した残額を三等分して各自の所得とするとの配分方法をとつていたことは、〈証拠省略〉により明らかである。しかして、第一審原告の昭和四三年度及び昭和四四年度の執行官収入及び給与所得(恩給)並びに旅費、交通費を除くその余の必要経費の金額が原判決添付別表(二)、(三)(以下単に別表(二)、(三)という)中の被告調査額欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

ところで、第一審原告は、執行官がその職務上得る手数料は国家公務員としての給与所得であり、費用として受入れた旅費、宿泊費は執行費用の立替金の償還金(実費弁償金)としての性格を有するものであるから、所得ではなく、仮に所得であるとしても、一般の国家公務員に支給されるそれと同様に非課税所得とされるべきものであつて、収入額に計上すべきものではないと主張するが、当裁判所は、行官がその職務上得る手数料及び費用はいずれも所得税法上の事業所得に当るものと解する。その理由は次に述べるとおりである。

イ  手数料について

執行官は、裁判の執行、裁判所の発する文書の送達、その他法令に定める事務を行うため(裁判所法第六二条第三項、執行官法第一条)、各地方裁判所の任命により(裁判官以外の裁判所職員の任命等に関する規則第四条。ただし、同規則第七条第一、二項によれば、執行官の選任及び勤務裁判所の指定の権限は最高裁判所の認可を得て各地方裁判所長に委任することができる。)、各地方裁判所におかれる裁判所職員であり(裁判所法第六二条第一項)、その身分は、特別職の国家公務員であるが(国家公務員法第二条第三項第一三号)、定員の定めはなく(裁判所職員定員法第二条)、手続法上は、それ自体独立かつ独任制の司法機関を構成するものである。したがつて、組織法上の国家公務員としての執行官には、一般の裁判所職員に準用される国家公務員法の規定中服務に関する規定の準用があり(裁判所職員臨時措置法)、また、所属の地方裁判所から一般的な指導監督を受けるが(裁判所法第八〇条第三号、執行官規則第四、五条)、司法機関としては、個々の処分につき手続法上所定の不服申立に対する裁判により是正の途が講ぜられているものであつて、個々の職務の執行につき所属の地方裁判所等上級機関の命を受けることはなく、自己の判断と責任において権限を行使するものである。しかして、執行官は、国家機関としてその職務の執行につき、国からではなく、申立人から事件毎に手数料及び職務の執行に要する費用の支払又は償還を受けるものとされ、しかも、右請求権は、現実に当該職務の執行に当つた個々の執行官に帰属するものとされ(裁判所法第六二条第四項、執行官法第七条、第一二条)、執行官の得る手数料は、国が雇傭主として支払う賃金、その他の給与ではなく、その個々の職務の執行行為による申立人の受益と対価関係にたつているものと認めることができる。そうすると、現行執行官法(昭和四一年法律第一一一号)の制定施行により旧執達吏規則(明治二三年法律第五一号)のもとにおける役場制が廃止されたことに伴い、その事務分配も所属の地方裁判所により定められることとなり(執行官法第二条第二項)、また、当事者からの手数料及び費用が予納される場合、執行官所属の地方裁判所になされ、申立人は予納した金額の限度で手数料等の支払義務を免れ(執行官法第一五条第二項、第四項)、執行官は予納を受けた裁判所からその支払又は償還を受けるもの(執行官法第一五条第四項)と改められたこと等からして、執行官の手数料が、外見上従前のような私的事業活動における契約上の対価(報酬)的性格は弱まり、むしろ出来高払いの給与的色彩を強く帯びるに至つたことは否めないところであるが、予納は、本来、国に対する手数料等の支払義務の履行ではなく、国は保管金としてこれを預るに過ぎず、手数料等の支払請求権は基本的にはなお執行官に帰属しているものであり、右手数料は、本質的には、国からの給与の性格はなく、なお、職務の執行についての申立人から受領すべき報酬としての性格を有するものであり、右職務の執行は、前述したとおり、独立して、固有の権限に基づき、反覆継続性をもつてなされるものであるから、所得税法上は、対価を得て人の役務の提供を目的とするものとして、同法施行令第六三条第一一号にいうその他のサービス業たる弁護士、公証人等の自由職業に該当する事業であり、その職務上の所得は、給与所得ではなく、所得税法第二七条第一項の事業所得に該当すると認めるのが相当である。なお、裁判所法第六二条第四項、執行官法第二一条の規定によれば、執行官の一年前に収入した手数料が政令で定める額に達しないときは、国庫からその不足額の支給を受けることとされているが、右制度は、執行官の手数料収入が、取扱い事件の種類、件数によつて決定されるため当然に、各執行官毎に、またその年度毎の受理件数、種類に応じて差異を生じ、増減、変動するものであつて、各執行官につき格差、変動があり得るものであるから、その収入をすべて手数料のみによらせては、時には生活不安を招く事態が発生することがないとはいい難く、かくては執行官制度の維持ひいては強制執行制度の適正円滑な運用を保持するうえにおいて支障を生ずるおそれがあることを慮つて設けられたものであるから、右支給金は、その一面においては、執行官の収入につき一定基準額を保証し、一般の公務員の給与に相当する目的をもち、同様の機能を営むものではあるが、右に述べたところから明らかなとおり、それは、飽くまで個々の執行官につき一定額の手数料不足があつたときに限つて、右手数料収入の不足を補うものとして、補充的に機能することが企図された補助金としての制度にすぎないのであつて、従前の執達吏及び執行吏制度のもとにおいても、同様の考慮から、その手数料収入が一定の基準額に満たない場合に限つて、手数料収入と基準額との差額を国庫から支給する方法がとられており、(旧裁判所構成法第九六条、執行官法附則第三条による改正前の裁判所法第六二条第五項、旧執達吏規則款二一条、執行官法附則第一九条の規定による削除前の訴訟費用等臨時措置法第五条)、現行法制もこれを踏襲したものに過ぎないものであるから、特にこの制度の存在を理由に前述した執行官の職務の事業性が否定されるものではないというべきである。

ロ  旅費、宿泊料について

執行官の職務は、事柄の性質上、主として裁判所の施設外の現場における事実的処分を実施することにあるから、右職務の実施については、旅費、宿泊費、その他の費用を要することとなるところ、執行官がその職務執行に対する報酬として受ける手数料は、事件の種類毎に法定され(執行官法第八条、第九条)、執行官は、当事者から右手数料のほか別途事務処理に要する費用の支払又は償還を受け得るものとされている(同法第七条、第一二条)。しかして、当事者の申立により取扱う事務については、執行官は、手数料のほか右旅費等の費用の概算額を、当事者からその所属の裁判所に予納させ、費用を要する行為がある都度、右予納金から支給を受けて支払に充当することができるものとされ、右予納がないときは、申立を却下できることとされている(同法第一五条)。右費用の額は、執行官の旅費、宿泊料等二、三の例を除き、いずれも実費の額によるものとされ、その項目、金額は、執行官の手数料及び費用に関する規則の決定によつて具体的に定められている(同法第一〇条、第一一条、なお、執行官の旅費、宿泊料の額については同規則第二六条、第二七条)ので、執行官は、支出を要することが確実な特定の具体的費用については予め裁判所にその予納金から前払を請求することも妨げられないものというべく、また、自ら出損して費用を支出したときは、いつでも裁判所にその予納金からの償還を求めることができるのであるが、通常、執行官は、職務の執行に要する費用を自己の負担において支弁し、事件終了後裁判所から法定の手数料その他の費用の支払を受ける実情にある。このように、執行官の収受すべき費用は実費に充当される性質を具有するものであるから、右費用支払の関係は、一見、当事者が将来発生する自己の費用債務の支払準備のために一定額を裁判所に預託し、執行官が右債務発生後当事者に代つてその支払をなし、あるいは執行官が事前に当事者に代つてその債務の立替払をなし、後日、その補償として、立替金の受領ないし損害の補填を受けるものであつて、当事者が各費用の支払請求権者たる第三者に対し直接に支払義務を負い、その現実の支払が執行官を経由してなされるのは、事務処理の便宜上採られる方法としての単なる事実上の関係に過ぎないとの観がなくはない。もしそうだとすれば、法定費用の収受は執行官については単に保管の性質を有するに過ぎず、所得の発生と認めるべき余地のないことは第一審原告所論のとおりである。しかしながら、現行執行官法上、当事者は、右費用の支払義務を執行官に対し負うものであることは前述のとおりであり、第三者との間において費用の支払義務者となるものは、その名において費用を支出すべき執行官であつて、当該費用の支払は、執行官が自己の職務の遂行上第三者との間に生ぜしめた自己の債務の支払であり、その関係は、形式上は、費用の負担者が当事者か国か、その範囲が広く網羅的であるか限定的であるかの差異を除けば、一般の国家公務員が法令の規定により支給を受ける費用、例えば公務出張のための旅費、通勤手当の支給を受ける場合と変りはないのであつて、一般の公務員が支給を受ける旅費、通勤手当が、所得税法上、課税対象とはならないにしても所得となる(同法第九条第一項第四、五号)のと同様、執行官が当事者から支払又は償還を受ける費用は、実費と同額であつても所得税法上の所得となるものと解するのが相当である。ところで、所得税法は、その九条において、社会政策、租税政策、公益上の目的などの観点から、その性質上所得税の課税対象とすることを適当としない所得を列挙し、これらを非課税所得とする旨定めており、右は制限列挙と解すべきところ、執行官の収受すべき法定の費用を非課税所得とする旨の規定はない。同法第九条第一項第四号は給与所得者が職務遂行上支給される旅費を非課税所得としているが、同法上、給与所得とは、退職所得を除き、原則として勤務関係ないしは雇傭関係に由来する金銭給付をいうものと解すべきところ、給与所得者の旅費は、広い意味における勤務に対する対価ではあるが、本来使用者側において事業遂行上の過程において労働を受領すべき場を提供するための事業経費であるから、使用者がその事業目的遂行のために直接負担すべきものであり、給与所得者個々人にとつては、実費弁償ないし給与所得についての経費の補填に近く、いずれにせよ収益金として残存すべき所得でないから、必要経費の控除を認められない給与所得として課税対象とすべきものではないのであつて、右規定はこの趣旨を明確にしたものにほかならないと解すべきである。そうすると、先に述べたとおり、執行官は、いわば独立事業者たる地位にあり、その得る手数料収入は事業所得とみるべきものであつて、事業遂行過程中における支出金は経費として事業所得との関連において一体として把握すべきであり、執行官は給与所得者の場合と異り、右規定が執行官の収受すべき旅費、宿泊料等の費用につき適用もしくは類推適用になる余地のないことは明らかである。このように、執行官の職務の執行は自由職業に該当する事業の運営たる性質を有するものであり、本来、自己の責任と負担において、いわば独立採算的に運営すべきものであるから、その事業遂行(職務執行)上の必要から現実に支弁する前示執行官法第一〇条所定項目の費用は、これをその事業所得たる手数料収入を生ずべき業務について生じた費用(所得税法第三七条第一項)として、所得税法上の必要経費に該当するものと解すべきものではあるが、右費用は、裁判所から現実に支払を受けたときに発生する所得として、同法第三六条第一項にいう収入金額とすべき金額に該当するものと解すべきである。

これに対し、執行官が兼務庁で執務する際に支給される本務庁から兼務庁までの旅費等は、前述のとおり役場制が廃止されて、執行官の執務の本拠が地方裁判所本庁又はその支部と定められ(裁判所法第六五条)、官庁たる裁判所は、右庁における執行官事務を何らの支障なく遂行せしめるよう措置すべき行政上の職責を負つているものというべきであるから、執行官の兼務庁における勤務命令は裁判所の右職責遂行のための行政措置であり、執行官の右兼務庁への出頭は裁判所所長の公務員としてその服務命令に従うことであつて、その旅費の性質は、独立の事業として職務の執行に当り当事者から支払又は償還を受ける旅費、宿泊費とは異り、いわば官庁たる裁判所の行政措置に当り、公務員としての服務義務から生ずる勤務に対する費用であり、この点一般の国家公務員が支給を受ける旅費等とまつたく変りはなく、使用者たる立場にある国の経費として、その職責遂行の過程において費消さるべきものとして支出されるものであつて、執行官の申立人との関係において把握さるべき事業(職務)遂行上の経費となるべきものではないから、一般の国家公務員が支給を受ける場合と同様非課税所得に当るものと解すべきである。なお、弁論の全趣旨によれば、第一審被告主張の本件収支には、右旅費は計上されていないことが認められる。

三  次に、第一審原告は、別表(二)の執行官収入中の旅費、宿泊費はすべて必要経費として支出された旨主張し、原審における第一審原告本人尋問の際の供述中にはこれに副う部分もあるが、右供述は後記認定の事実に照らし信用できない。〈証拠省略〉によれば、昭和四三、四四年当時、第一審原告所属の札幌地方裁判所室蘭支部執行官室においては、各費用支出の都度、三名の執行官がそれぞれ伝票を作成し、その支出金額は、これらの伝票から集計して収支明細簿に転記され、更に、これをもとにして、報告用の月報、半年表、年表が作成されていたものであり、この方法は旅費、宿泊費についても同様であつて、各執行官とも月々数千円程度の飲食代、女中チツプ、ハイヤー代等の家計関連費的性格を有する支出については伝票をきらないこともあつたが、その支出の処理は概ね厳正に行われ、右年表等に計上された数額は正確なものであることが認められる。しかして、〈証拠省略〉によれば、第一審原告ら室蘭支部所属の執行官三名が札幌地方裁判所に提出した昭和四三年度の執行官収支明細表上は、右支部執行官室の同年一月ないし六月分の旅費、宿泊費を含む「その他の支出」金額は計五八一、一四九円であり、同年七月ないし一二月分の旅費、宿泊費は三一六、七一四円(これを含む「その他の支出」合計は一、〇八〇、七五四円)と記載されていることが認められ、また、〈証拠省略〉によれば、同執行官室の収支明細簿上、昭和四三年一月から六月までの間に三名の執行官により支出された旅費、宿泊費の額は計六四、〇九〇円と記帳されていることが認められるから、同執行官室所属の第一審原告ら三名の執行官が昭和四三年中に支出した旅費、宿泊費の金額は、右六四、〇九〇円と三一六、七一四円を合算した三八〇、八〇四円となり、したがつて、第一審原告の分はその三分の一に当る一二六、九三五円であると認めるのが相当である。次に、〈証拠省略〉によれば、第一審原告ら三名が札幌地方裁判所に提出した昭和四四年度の執行官収支明細表上は、同執行官室の同年一月ないし一二月分の旅費、宿泊費として計五一二、九七二円と計上されていることが認められるから、第一審原告が同年度中の収入から控除すべき旅費、宿泊費の額は、右三分の一に相当する一七〇、九九一円であると認めることができる。

もつとも、右認定の金額はその受入額に比し過少にすぎるのではないかとの疑念が生じないではないが、〈証拠省略〉によれば、第一審原告ら室蘭支部所属の執行官三名は、事件の執行を効率的に処理するため、同一地裁に存する複数の事件をなるべくまとめて同一の期日に執行するようにしており、また、その出張に当つては、同執行官室所有の自動車を使用することが多く、一般交通機関を利用する機会と回数が少なかつたため、交通費の支出が低目におさえられたことが認められ、他方、それとの関係で、本件においては、右車両関係費が相当額必要経費として別途計上されていることは当事者間に争いのないところであるから、これらの点からすれば、本件旅費収入中実際に支出された金額が少い理由も肯認するに難くないものということができる。

そうすると、第一審原告の昭和四三年度及び昭和四四年度の執行官収入及び給与所得(恩給)並びに旅費等を除くその余の必要経費が別表(二)、(三)中の被告調査額欄記載のとおりであることは前述のとおり当事者間に争いのないところであり、必要経費中右各年度の旅費、宿泊費の金額は、右認定のとおりであるから、第一審原告の昭和四三年度における執行官収入は四、九三〇、四七四円、必要経費は一、九六一、七八六円、差引事業所得は二、九六八、六八八円、給与所得(恩給)は三二、五五九円で総所得は三、〇〇一、二四七円となり、昭和四四年度における執行官収入は六、〇六六、三六八円、必要経費は二、六九七、二八五円、差引事業所得は三、三六九、〇八三円、給与所得(恩給)は三五、八〇九円で総所得は三、四〇四、八九二円となる。

したがつて、原判決添付別表(一)のとおりなされた本件各更正決定及び過少申告加算税賦課決定は、それぞれ第一審原告の昭和四三年度及び昭和四四年度の総所得を超えない範囲内でなされたものであることが明らかであるから、右各更正決定及び過少申告加算税賦課決定は、計数上の点においても誤りはない。

四  次に、第一審原告は、仮に第一審原告の本件各申告が誤りであつたとしても、旅費、宿泊費を収入に計上しないでした右各申告は、第一審被告の指導によりなしたもので、この点につき第一審原告は善意無過失であるから、長年にわたる慣習に反してなされた本件各更正決定は、公正、信義の原則に反する違法なものである旨主張する。しかしながら、〈証拠省略〉によれば、第一審原告は、昭和四三年度及び四四年度の各確定申告に当り、それぞれ室蘭税務署の担当職員の納税相談を受けた際に、執行官の手数料収入は事業所得であり、その受入れた旅費、宿泊費も収入として計上し、そのうちから実際に支出した額を必要経費として控除すべく行政指導を受けたにもかかわらず、右旅費、宿泊費は非課税所得である旨の自説に固執してこれに応じなかつたものであることが認められ、これに反する原審における第一審原告本人尋問の結果は信用し難い。もつとも、第一審原告が昭和四三年度以前一〇年近きにわたり各年度の所得税の確定申告に際し、旅費、宿泊費を収入として計上していなかつたことは当事者間に争いがなく、原審における第一審原告本人尋問の結果によれば、第一審原告は、右各年度の申告に際し、その都度担当税務職員の納税相談を受け、その助言、指導のもとに申告していたものであることが認められる。ところで、右の如き取扱いが税務当局側の積極的な行政指導によるものか、単に第一審原告の申告が事実上黙認されていたにすぎないかは、右証拠によつても必ずしも明確ではないが、租税法規が著しく複雑化、専門化した現下の情況のもとにおいては、納税者は、その解釈適用等に関し、通達、行政指導等の事実上の行政作用を信頼し、これに依存して行動せざるを得ず、他面、税務当局も、適正円滑な税務行政を遂行するためには、このような事実上の行政作用を利用せざるを得ない面もあるところからすれば、このような事実上の行政作用により作出されに事実状態の継続に対する信頼の保護も十分に配慮されなければならないということができるが、他方において、租税法律主義のもとにおける租税の公平負担の原則の要請からして、税務当局の処置に違法がある場合には、その違法是正の機会が与えられるべきこともまた当然の事理に属することであつて、その非違を将来に向つて改善することが妨げられる理由はない。したがつて、前記認定の事情のもとにおいて、第一審被告がその行政指導に応せず、自己の誤つた見解に固執して、自主申告をなした第一審原告に対し、更正決定をなして、その誤りを正すことには何ら違法はないから、第一審原告のこの点の主張は採用することはできない。

五  また、前項認定の事情のもとにおいては、第一審原告がその申告に当り、旅費、宿泊費を収入に計上して税額計算をしなかつたことにつき国税通則法第六五条第二項の正当事由あるものということができないこともいうまでもないから、本件各過少申告加算税賦課決定についても違法としてこれを取消すべき事由はない。

六  更に、第一審原告は、本件各更正決定は国税通則法所定の調査等を経ずしてなされたものであるから無効である旨主張するが、右主張も採用することはできない。その理由は、原判決の理由説示中右主張を排斥した部分(原判決一五枚目表一行目から裏三行目まで)と同一であるから、これを引用する。

七  なお、各延滞税納付通知の取消を求める請求については不服の申立がなく、当審における口頭弁論の対象となつていないから、その適否については判断しない。

八  以上の次第であるから、第一審原告の本訴請求中延滞税納付通知の取消を求める部分を除き、その余の請求はいずれも理由がないから失当として棄却すべきところ、これと判断を異にし、昭和四三、四四年度の各過少申告加算税賦課決定の取消請求を認容した部分の原判決は失当であるから、第一審被告の控訴に基づき原判決中右請求認容部分を取消して、第一審原告の右請求を棄却し、その余の点についての原審の判断はいずれも相当であり、第一審原告の本件控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次 神田鉱三 落合威)

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